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(6)肺がんの見落とし

東京高裁平成10年2月26日判決・判タ1016号192頁以下

(原審:東京地裁平成7年11月30日判決)

1 事案の概要

 肺がんで死亡したV(当時33歳)の遺族が、Vの勤務先で実施されていた社内定期健康診断時に撮影した胸部レントゲン写真を読影したA医師に、異常な陰影の見落としという過失があったと主張し、A医師及び当時の勤務先に対してV死亡に関する各損害の賠償を求めた事案である。
 第一審は、原告の請求を棄却する判決を下し、第二審もこれを追認する判決を下した。

 

2 裁判所が認定した事実の経過

 ⑴ Vの勤務先では、定期健康診断が実施されており、同健康診断時に撮影された胸部レントゲン写真については、昭和61年までは撮影後、後日医師2名による読影が、昭和62年以降は撮影後、後日医師1名による読影がなされていた。


 ⑵ Vは、昭和60年から昭和62年までの間、毎年、同健康診断を受けて胸部レントゲン写真を撮影していた。Vは、昭和60年及び昭和61年の定期健康診断時には、胸部レントゲン写真上「異常なし」との診断を受けていた。


 Vは、昭和62年6月の定期健康診断時には、「要精密検査」と指摘され、糖尿病精査のための糖負荷検査受診の指示を受けた。また、同診断結果には、「右第二弓の軽度突出、右横隔膜の挙上を認めた」ことの記載がなされていた。


⑶ Vは、同年7月14日に糖負荷検査を受けた際には、医師に対し、同年6月中旬頃から咳及び痰が出て、痰の一部に血の混じることがあったと話していた。
 Vは、この時にも胸部レントゲン写真の撮影をされた。医師は、同レントゲン写真等を踏まえ、上気道炎を第一に考え、経過観察とした。


⑷ Vは、昭和62年8月4日、病院を受診し、その後入院・転院をしながら化学療法などを受けたものの、同年11月20日、肺がんによる呼吸不全によって死亡した。

 

3 本件の争点

① 昭和60年に撮影された胸部レントゲン写真の読影時に、過失による異常陰影の見落としがあったといえるか。

② 昭和61年に撮影された胸部レントゲン写真の読影時に、過失による異常陰影の見落としがあったといえるか。

③ 昭和62年6月の定期健康診断時に撮影された胸部レントゲン写真の読影時に、右第二弓の軽度突出、右横隔膜の挙上を認めながら何らの措置もとらなかったことに過失があるといえるか。

④ 昭和62年7月の糖負荷検査時に撮影された胸部レントゲン写真の読影時に、上気道炎を第一に考えて経過観察としたことに過失があるといえるか。

⑤ 上記③及び④の過失とVの死亡との間に因果関係が認められるか。

⑥ 医師が粗雑・杜撰(ずさん)で不誠実な医療をしたことを理由に、慰謝料を請求することができるか。

 

4 裁判所の判断

 ⑴ 争点①について
 鑑定の結果、昭和60年に撮影された胸部レントゲン写真に、異常陰影は認められない。このため、当時「異常なし」と診断したことには過失がない。


 ⑵ 争点②について
 鑑定の結果、確かに、昭和61年に撮影された胸部レントゲン写真には、右下肺野内側寄り第九後肋骨に重なる部分に、境界不鮮明なやや高濃度の異常陰影の存在が認められる。
 しかしながら、鑑定結果や医師の証言によれば、この異常陰影は、他の臓器等の背景に位置する陰影であるから熟練した医師でも読影が難しく、加えて定期健康診断時に他の数百枚のレントゲン写真と同一の機会に短時間で読影された場合には、一定の疾患があると推認される患者について具体的疾病を発見するために行われる精密検査とは異なり、医師に課せられる注意義務の程度にも限界があり、異常を発見できない可能性の方が高いと評価できる。このため、当時「異常なし」と診断したことには過失がない。


 ⑶ 争点③について
 鑑定の結果、確かに昭和62年6月に撮影された胸部レントゲン写真には、右下肺野、縦隔寄りに小鶏卵大の八ツ頭状、心陰影第二弓と一部重なった、辺縁が比較的シャープな腫瘤用陰影が認められ、この陰影の特徴からは、肺がん、肺結核、肺炎及び胸部良性腫瘍が想定されるといえる。
 そうすると、レントゲン写真の読影担当医師としては、Vに対して精密検査を受けさせる義務を負っていたといえるから、何ら精密検査の指示をしなかったことには過失があったといえる。


 ⑷ 争点④について
 鑑定の結果、昭和62年7月に撮影された胸部レントゲン写真にも、昭和62年6月撮影時のものと同様に医療陰影が認められる。
 このため、医師としてはVに対して精密検査を受けさせる義務を負っていたといえるから、何ら精密検査の指示をしなかったことには過失があったといえる。


 ⑸ 争点⑤について
 鑑定の結果、昭和62年6月ないし7月の時点で、Vの肺がんはステージⅢ以上に該当するものと考えられ、手術が可能であったとしても、5年生存率は30%未満といえること、手術ができなければ最高の治療を行ったとしても50%生存期間を1年まで延命することが困難であること、遠隔転移が認められれば延命は困難であることが認められる。
 このため、仮に昭和62年6月ないし7月の時点で肺がんの疑いがあると認められたとしても、Vの予後には大差はなかったと考えられる。このため、異常陰影を認めながら何ら精密検査の指示を出さなかった過失とV死亡との間には、相当因果関係が認められない。


 ⑹ 争点⑥について
 医師の過失行為と患者に生じた損害との間に因果関係が認められない以上は、医師の不誠実な医療自体によって慰謝料が発生するという考えは採用できない。

 

5 弁護士としての所見

 本件は、年に1回定期健康診断を受けていたにもかかわらず、突然肺がんによってこの世を去ってしまった方のご遺族が、定期健康診断を実施していた勤務先と担当医師を訴えた事案です。定期健康診断から半年も経たない時期に家族を亡くしたご遺族の驚きや悲しみは、想像することさえ叶いません。


 残念ながら、本件ではご遺族による損害賠償請求は第一審・第二審ともに認められませんでした。ご遺族の請求が認められなかった最大の理由は、①昭和61年時の胸部レントゲン写真に異常陰影が認められていたにもかかわらず、定期健康診断時の読影では発見できない可能性が高いと判断されたことと、②仮に昭和62年の胸部レントゲン写真撮影時に肺がんの疑いがあると判断されたとしても、死亡時期が大きく変わることはなかったであろうと判断されたことの2点と思われます。また、裁判所は、医療過誤と思われる事案に遭遇した患者・遺族の多くの方が疑問に感じるであろう医療行為自体の杜撰さ・対応の悪さから、患者が受けた精神的苦痛に対する慰謝料が発生しないとも判断しています。


 本件で問題となった医師に要求される注意義務の程度や、延命可能性の程度など、医療事件では、法的知識・医療的知識の双方が必須となります。特にがんの見落としでは、仮に医師の過失が認められたとしても、延命可能性(死亡との因果関係)が肯定されなければ損害賠償請求が否定されてしまいます。


 がんの見落としを疑った場合には、まずは当事務所の弁護士にご相談ください。

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