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(2)原発性肝臓がんの見落とし

【東京高判平成10年9月30日(平成9年(ネ)619号)】

1 事案の概要

  Y病院のA医師から、肝臓疾患の検査及び治療等を受けていたVが、原発性肝臓がんにより死亡したことについて、A医師による診療上の過誤があったとして、Vの遺族であるXらがA医師及びY病院に対し診療契約上の債務不履行ないし不法行為に基づき損害賠償を求めた事案。

  裁判所は、専門病院での精密検査を指示説明しなかったことについてA医師の過失を認め、Xらの請求を全部棄却した第一審の判決を変更し、Y病院側に対し計6,125,000円の支払を命じた。

2 裁判所が認定した事実経過

 ⑴ 昭和62年2月2日、Vは、東京医科大学において肝機能障害を指摘され、入院して精密検査を受けることを勧められた。Vは、同日中にかかりつけ医であった近所のY病院を受診し、これまでの経過を説明したうえで、入院せずに済む方法はないかと述べて診察を依頼した。

 ⑵ はじめにVを担当したY病院の医師は、尿検査、血液検査、ブドウ糖負荷試験[1]を実施し、Vの担当を引継いだA医師は、他の病院で腹部CT検査を受けるようVに指示した。これらの検査の結果から、A医師はVが糖尿病と慢性肝炎に罹患していると診断し、その旨をVに告げた上で、入院する必要はないが定期的に通院するよう指示した。

 ⑶ 同年3月から、Vは約5ヶ月間継続してY病院を受診したが、その間に検査結果に特に変化はなく、A医師もVにその旨説明していた。その後、Vは約1年間来院しなかったが、昭和63年7月9日からY病院への通院を再開し、平成2年2月10日までの間に計16回Y病院を受診して診察、検査、投薬を受けた。この間の診療録には、昭和63年7月18日の欄に、「腹部、肝蝕知[2]。肝硬変か。」との記載があるが、同年8月5日の欄には「腹部著変[3]なし」と記載されており、血液検査の結果もこれまで同様に推移していたため、A医師はVに対し、検査結果に特に変化はない旨の説明を続けていた。

 ⑷ 平成2年6月30日、VがY病院で肝臓の検査を受けた際、C型肝炎ウイルス抗体が陽性であることが判明した。A医師は、Vに対し、C型肝炎に罹患していること、C型肝炎から肝硬変に、その後肝臓がんに移行することがある旨を告げたものの、従来の治療方針を変更することはしなかった。

 ⑸ 平成4年2月8日、Vは腹部が膨満して固くなっていると感じ、Y病院を受診した。A医師が腹部エコー検査を実施したところ、腹水と腫瘍を疑わせる所見が認められたため、直ちに他病院で腹部CT検査を受けるようVに指示し、Vは同日腹部CT検査を受けた。CT検査の結果は腹水、肝腫瘍であり、A医師はVの入院の手配を行った。Vは同月10日に専門病院に入院したうえで、腹部エコー検査を受け、重症肝硬変、多発性肝細胞がん、重症脾腫大、胆のう炎、腹水と診断された。

 ⑹ その後、Vは入退院を繰り返したが、平成5年12月10日に原発性肝臓がんのため死亡した。

3 A医師の診療行為に関する裁判所の判断

 ⑴ 医師の説明義務及び精密検査指示義務について

   医師は、診療契約に基づき、又は医療の専門家としても、患者に対し必要かつ適切な医療を行う義務があり、そのためには、当時の医療水準に応じた症状の医学的解明と診断がなされなければならない。

したがって、医師は、診察の結果、重篤な疾病の可能性が予想されるが自らその確定的な診断を下すことが困難な場合には、状況に応じて患者又はその家族に症状を説明し、必要な情報を与え、場合によっては他の専門医、大病院での精密検査、入院等を指示したり指導する義務がある。

よって、患者が精密検査の受検や入院を回避したいとの意向を有しているからといって、確定診断をしないまま漫然と診療を続け、その結果病状に応じた適切な医療を受ける機会を失わせた場合には、診療契約上又は不法行為上の過失があるものとして、これによって患者に生じた損害を賠償する義務があると解せられる。

 ⑵ 本件における義務違反

   A医師は初診時にVの肝硬変を疑っており、昭和63年7月18日の診療録にも「腹部、肝蝕知。肝硬変か。」と記載するなど、肝硬変に対する疑いを持ちながらVの診療を継続していたことが窺われる。また、平成2年7月にはVが肝硬変や肝臓がんに進展する危険性が高いとされるC型肝炎であることも判明したのであるから、昭和63年7月18日の肝硬変を疑った段階又は遅くともC型肝炎であることが判明した平成2年7月の段階で、肝硬変への移行の有無の鑑別等のため、専門医のいる病院での精密検査を受けさせる必要があったといえ、そのためにはVに対し精密検査を指示すべきであったと認められる。この点、Vになるべく入院を避けたいとの意向があったからといって、患者の意向のままに任せて放置することが許されるわけではない。

   本件において、A医師がVに対して上記の説明及び指示をしていたと認めることはできず、むしろ、平成4年2月にVに腹水が生じるまでは、検査結果に特に異常はないなどの楽観的説明をするのみで自己の肝硬変の疑いに対し確定診断を得るための格別の手段を講じることもなく漫然と慢性肝炎の治療を続けていたのであるから、A医師には診療上の過失があったというべきである。

4 A医師の義務違反とVの死亡との因果関係について

Vができるだけ早期の段階で精密検査を受け、慢性肝炎の程度や肝硬変以降の有無等を正確に診断されて、診断結果に応じた適切な治療を受けていたならば、慢性肝炎や肝硬変の進行をある程度は抑制することができ、その結果、肝臓がんの発生を遅らせる可能性がなかったとはいえない。しかし、これはあくまで可能性にすぎず、現在の医療[4]において慢性肝炎から肝硬変への移行及び肝臓がんの発生を確実に阻止する治療法は存在しておらず、Vの肝硬変移行の時期や肝臓がんの発生時期を明らかにすることや、精密検査を前提とする適切な治療をどの時点で受ければどの程度慢性肝炎や肝硬変の進行を抑制できたかを明らかにすることはできないのであるから、A医師の過失とVの肝臓がん発症及びこれによる死亡との間に直ちに因果関係を認めることはできない。

一方で、Vは、約5年間にわたりA医師に信頼を寄せてその診療を受けながら、A医師の義務違反により当時の医療水準による適切な治療を受ける機会を失い、ひいては、慢性肝炎、肝硬変の進行を抑制して肝臓がんの発生を遅らせることのできる可能性をも失ったのであるから、A医師は不法行為に基づき、Y病院は債務不履行に基づき、Vが受けた精神的損害を賠償する責任があるというべきである。

5 弁護士としての所見

  本件は、肝臓の疾患を有していた患者が、肝臓がんで死亡したことについて、肝臓がんに進展しやすい肝硬変を疑いながら、専門病院での精密検査の必要性を指示説明しなかった医師に過失が認められた事例です。

  本判決の着目すべき点としては、①医師の説明義務と患者の意向との関係について判断した点、②患者が適切な治療を受ける機会を失ったという期待権の侵害による損害賠償を認めた点が挙げられます。

⑴ ①について

  一般的に、医師は確定診断をすべき義務があり、そのために予想される疾患に対して必要な検査をすべき義務があるとされ、本件においては、A医師が、Vの肝硬変を一度は疑っており、VがC型肝炎に罹患していることも認識していたので、Vに対し、専門医のいる病院での精密検査を受ける必要性を説明し、精密検査を受けるよう指示する義務を負っていたと認定されています。

  一方で、本件特有の問題として、Vが初めにかかった大病院で検査入院を勧められながら、これを拒否してY病院での診察を受けていることをどのように考慮するかという点が挙げられます。

  裁判所はこの点について、A医師からVに対しては、検査結果に異状なしという楽観的な説明のみがなされていたという事実認定を行ったうえで、「Vになるべく入院を避けたいとの意向があったからといって、患者の意向のままに任せて放置することが許されるわけはない」として、A医師の義務違反に影響を及ぼさないと判断しています。

  確かに、医師から精密検査を受けるよう指示されたにもかかわらず、患者の意志によりこれを拒否した場合はともかく、そもそも指示がなされなかったという本件の場合には、医師の義務違反が肯定されるべきと考えられます。

では、本件と異なり、患者が入院を明確に拒絶していたり、他院で精密検査を受ける意向はないと事前に明言しているような場合であっても、医師は説明義務を負うのでしょうか。

  医師が説明義務を負う対象は、生命身体に関わる重要な事項であり、事前に患者が入院や精密検査を拒絶する意向を有していたとしても、医師からの説明を受ければ意見を翻すことは十分に考えられます。また、多くの病気、疾患が早期発見することにより回復の可能性が高まるものとされていることからすると、医師としては、患者が入院や精密検査を拒否する意向を示していた場合であっても、適宜患者に対しこれらの説明義務を負うものと解されます。

⑵ ②について

  一般的に、病院側の過失が認められた場合であっても、発生した損害との間に因果関係が認められなければ、病院側が損害賠償責任を負うことはありません。

  本件において、裁判所は、A医師の説明義務違反とVの死亡結果との間に因果関係を認めることはできないとして、Vが死亡したことによる損害について、Y病院側に損害賠償責任を負わせることはしませんでした。一方で、A医師の説明義務違反により、Vが適切な治療を受ける機会を失ったこと、肝臓がんの発生を遅らせることのできる可能性を失ったことを損害と捉えることで、Y病院側の賠償責任を肯定しています。

  過失と死亡結果との間に直接的な因果関係が認められない場合に、本件のように「適切な治療を受ける期待権」を侵害したことを理由とする損害賠償請求が認められるかという点については、裁判例上も長く意見が分かれていたところです。

  本判決から10年以上後に出た、最高裁平成23年2月25日判決は、下肢の骨接合術等の手術を受けた患者に後遺症が残ったという事案において、「適切な医療行為を受ける期待権の侵害のみを理由とする不法行為責任を負うことがあるか否かは、当該医療行為が著しく不適切なものである事案について検討し得るにとどまるべきものであるところ、本件はそのような事案とはいえない。」と述べ、医療水準にかなった適切かつ真摯な医療行為を受ける期待権が侵害されたとして慰謝料300万円を認めた原審の判断を破棄し、病院側の責任を否定しました。

  上記の判例が示す、「医療行為が著しく不適切なものである事案」とは、そのこと自体によって患者に精神的苦痛を与えるような医療行為に値しない行為が行われた事案であると解されており、本件のA医師の説明義務違反が、これに当たるとは考えにくいかと思われます。したがって、本件と同様の事例が起きた場合、上記判例の考え方に照らせば、Y病院側の責任が否定される可能性もあると考えられます。

  このような最高裁の判断は、患者が適切な治療を受けることを期待していたとしても、適切な医療行為が行われても結果が変わらないような場合には、そのような期待が直ちに法的保護に値するとはいえないという考え方に基づくものと思われます。

  ただし、適切な医療行為が行われていれば、どのような結果が生じたのかという点は、高度な医学的知識や法的知識による立証にかかっている部分が大きいといえます。がんの見落としについて悩まれている場合、まずは弁護士にご相談ください。

 

[1] 空腹時の血糖値と、ブドウ糖を溶かした水を飲んだ後一定時間ごとに計測した血糖値の値を比較して糖尿病の罹患の有無を調べる検査方法。

[2] 正常な肝臓は柔らかく触診では触れにくいが、何らかの病変により腫大し硬くなった肝臓は容易に触知できるようになる。

[3] 著しい変化の略語。

[4] 裁判年月日は平成10年9月30日であり、医療水準が異なる現在では異なる判断がなされることも考えられる。

 

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