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(7)乳がんの見落とし

【千葉地裁平成22年10月29日判決(平19(ワ)1678号)】

1 事案の概要

 Xは、右乳房のしこりに気づき、Y病院にてA医師の診察を受けたところ、Xの右乳房に腫瘤の存在が認められた。その後、XはY病院で繰り返し診察や検査を受けたが、特に乳房の異常は指摘されなかった。
 しかし、初診から2年以上が経過した後、Xは生体検査の結果、乳がんであるとの診断を受けた。
 上記の診断を受け、Xが別の病院を受診したところ、両側乳がんの疑いと診断されたため、Xは当該病院にて、抗がん剤治療と左右乳腺全摘及び脇窩郭清術を受けた。
 Xは、乳がんの進行により自己の両乳房を全部切除するに至ったのは、A医師が診察の際に乳がんを疑うべき所見があったのに、これを見落とし、必要な検査を怠ったためであると主張し、Y病院に対し損害賠償請求を行った。

 

2 裁判所が認定した事実の経過

 ⑴ Xは、平成14年12月末頃に、右乳房にしこりがあるのを発見し、夫と相談の上、Y病院を受診することとした。
 Xは、平成15年1月14日、Y病院を訪れ、A医師の診察を受けた(第1回検診)。このとき、A医師は、視触診の結果、Xの右乳房に直径1センチメートル大の腫瘤を触知したが、全体的に乳腺の張りが強かったことから、乳腺症と判断した。
 A医師は、マンモグラフィ、エコー検査も実施し、マンモグラフィの結果については異常がなく、エコー検査の結果については腫瘤の存在を認めたものの、これも乳腺症の所見と判断し、カルテには「乳腺腫瘤」と記載した。

 ⑵ Xは、平成15年3月4日、再びY病院を訪れ、A医師の診察を受けたが(第2回検診)、A医師は、視触診及びエコー検査の結果、腫瘤の大きさが第1回検診と時とほぼ変わらない大きさであると判断し、カルテには「1月後、変わらないようであれば生検(生体検査)」と記載した。しかし、A医師は、Xに対し、1月後に再度来院するようにとの指示はしなかった。

 ⑶ Xは、平成15年11月19日及び平成17年1月12日に、Y病院にて人間ドックを受診しているが、この間、A医師の診察は受けていなかった。人間ドックの際、乳房について視触診も行われたが、判定は「A(異常なし)」であった。

 ⑷ Xは、平成17年5月10日、腫瘤が大きくなったと訴えて、Y病院を訪れ、A医師の診察を受けた。A医師は、エコー検査の結果、腫瘤が大きくなっていることを確認し、生体検査を実施するため検体を採取した。
 同月17日、A医師は、Xに対し、生体検査の結果、右胸の腫瘤が乳管がんと判明したこと、治療方法としては、乳房温存手術を行い、非浸潤性であればリンパ節郭清の必要はないものの、浸潤していれば追加の切除術が必要であることを説明した。

 

3 本件の争点

①第1回及び第2回診察において精密検査をすべき義務を怠ったA医師の過失の有無


②A医師の過失と乳房全部切除の因果関係


③損害の額

 

4 裁判所の判断

⑴ 争点①について
ア マンモグラフィの読影
 第1回診察時に撮影された原告の右乳房のマンモグラフィ(以下「本件マンモグラフィ」という)について、Xが提出したB医師作成の意見書によれば、カテゴリー4[1]以上と読影されるべきとされているのに対し、Y病院が提出したC医師作成の意見書によれば、カテゴリー3又は4と判断されるべきであり、カテゴリー4以上との判断は過剰診断であるとされている。
 この点について、C医師も本件マンモグラフィをカテゴリー4と判断することに合理性がないとはいえないとしていること、B医師の勤務する施設の医師7名もカテゴリー4又は4以上であると判断したことを考えると、本件マンモグラフィをカテゴリー4と判断することに十分合理性はあるといえる。

イ 再来院の指示について
 第2回診察の後に、A医師がXに対し、1ヵ月後に再来院するよう指示したか否かについて、Y病院はA医師が指示をしたと主張し、Xはこのような指示はなかったと主張する。
 この点について、Xはそもそも右胸のしこりが乳がんではないかとの疑いをもってY病院を受診しており、自身の健康状態について留意していたと考えられるから、XがA医師から、「乳がんかどうか不明であり、様子をみるので1ヵ月後に再来院が必要である」旨の指示を受けていたのであれば、これに従わなかったというのはXの行動として不自然である。
 したがって、第2回診察の際に、A医師が再来院を指示したとは認められない。

ウ 結論
 第1回診察時には、本件腫瘤の大きさは直径約1センチメートルであり、縦横比[2]も0.55であったこと、乳がんは一般的に進行が緩やかであり、診断が1ヵ月程度前後したとしてもその後の治療経過はほとんど変わらないことからすると、A医師が第1回診察時に直ちに精密検査の指示をせず、1ヵ月後の再来院を指示したことをもって、過失と評価することはできない。
 第2回診察時には、Xの右乳房の腫瘤は、第1回診察時から1ヵ月足らずで縦横比0.95と乳がんの判定基準とされる縦横比1に限りなく近い大きさに変化したこと、Xは当時53歳と乳がんの好発する年齢であったこと、Xは右乳房のしこりという自覚症状をもって病院を訪れており精密検査を希望していたことを総合すると、A医師は、第2回診察時において、Xに対し、速やかに精密検査を実施すべき義務を負っていたというべきである。しかし、A医師は、Xに対し直ちに精密検査を実施しなかったばかりか、精密検査を実施するための再来院も指示しなかったのであるから、A医師には上記義務を怠った過失があると認めることができる。


⑵ 争点②について
ア A医師の過失と右乳房全部切除との因果関係について
 乳がんの治療方法としては、全部切除又は部分切除が基本的なものであるところ、部分切除は局所再発のリスクを伴い、局所再発による生存率の低下を招く恐れがある。
 Xの右乳房の腫瘤の大きさは、第2回診察時は直径約1センチメートルであったが、平成17年5月には約3センチメートルとなっていたことからすると、第2回診察当時と平成17年5月当時では、局所再発の危険性及び部分切除を採用した場合の切除範囲に有意な差があったといえ、第2回診察当時にXの右胸乳がんが発見されていれば、その適切な治療方法として、全部切除術ではなく、部分切除術が実施された高度の蓋然性があると認められるから、A医師の過失とXの右乳房全部切除の結果との間には因果関係があるというべきである。


イ A医師の過失と左乳房全部切除との因果関係について
 一般に、一方の乳房に乳がんが発見されれば、他方の乳房にも乳がんがないか検査が実施されるものであり、本件でも、Xが手術を受けるために受診した病院では、左乳房の検査が行われ、左乳房の乳がんが発見されている。
 したがって、仮に第2回診察時までに左胸の乳がんが発生していなかったとしても、その後の検査によって、初期の段階にこれが発見され、左乳房の全部切除には至らなかった高度の蓋然性があるというべきであり、A医師の過失とXの左乳房全部切除との間には相当因果関係が認められる。


⑶ 争点③について
ア 慰謝料
 Xは、両側乳がん手術により、左右両乳房の全部を喪失しているところ、生命維持の観点からすれば、乳房は身体の重要な器官とは言い難く、Xが日常生活において何らかの不便を強いられているとは認められない。
 しかし、乳房は女性の母性を象徴し、女性としてのアイデンティティの中核的存在であるとみることができるから、その喪失が女性に与える精神的苦痛は決して小さなものではなく、Xが乳房の全部切除をせざるを得なくなったことで被った精神的苦痛は、慰謝料として損害賠償の対象となる。
 医師による適切な診断がなされなかったため、Xがしこりに気づいてから2年あまりも治療が遅れたこと、生命維持のために乳房の全部切除を選ばざるを得なかったこと、XはY病院を信用して最善の治療をしてくれると期待していたこと等を考慮すると、慰謝料の額は400万円と認めるのが相当である[3]。


イ 結論
 慰謝料の他、治療費や休業損害、弁護士費用などの損害の合計額として、1289万8864円が認められる。

 

5 弁護士としての所見


 本件は、乳がんを見落とした過失があったとして、両乳房の全部切除を行わざるを得なくなった被害者の損害賠償請求が認められた事案です。
注目すべき点として、仮に適正な診断がなされていたとしても、部分切除は避けられなかったが、医師の見落としにより全部切除を選択せざるを得なくなったとして、両乳房の全部切除に対する慰謝料請求を認めたことが挙げられます。
 しかし、乳房の切除に対する慰謝料について、400万円という金額がどのような場合でも妥当するわけではありません。
 医療過誤の損害賠償請求においては、過失の有無や因果関係と並んで、損害の立証が高いハードルになります。
 適正な額の賠償金を得たいと考えていらっしゃる方は、ぜひ一度弁護士にご相談ください。

 

 

[1] マンモグラフィ読影の判定基準は、カテゴリー1からカテゴリー5に分かれており、カテゴリー3は基本的に良性と考えられるが悪性も否定できないものを指すのに対し、カテゴリー4はがんの可能性が50%以上と高く、生検を行う必要が高い場合を指す。

[2] 縦横比は、病変の最大縦径/最大横径で算出される数値であり、一般に縦横比が小さければ良性、大きければ悪性とされている。縦横比が1を超えるのが、乳がんの特徴ともされる。

[3] 乳房の全部切除に対する慰謝料とは別に、がんの手術のために入通院を余儀なくされたことに対する慰謝料として180万円が認められている。

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